気をつけよう、がけ条例
3月18日に発表された今年1月1日時点の公示地価は、三大都市圏で前年比0.7%上昇と6年ぶりにプラスに転換、過半数の地点で地価が上がり、全国平均も0.6%下落ですが下げ幅が縮小するなど印象的なものになりました。土地の取引についても、東日本不動産流通機構のレポート(平成26年2月度)によれば、首都圏の土地(面積100~200平方メートル)の新規登録件数が昨年10月から前年比プラスに転じています。不動産の取引が活発になれば宅建業者の仕事も増えていくわけですが、中でも土地取引については、そこに住宅などを建てようとする買い手に対する宅建業者の重要事項説明は一層重要になります。ご案内とは思いますが、宅建業者の調査義務対象には様々なものがあり、調べればわかるものについて手を抜くと、後で調査義務違反による債務不履行、不法行為等を原因とする損害賠償等を請求され、場合によっては売主にも迷惑をかける可能性があります。
今回は、土地取引における「がけ条例」適用の有無についてとりあげてみます。がけ条例とはがけの近くにある建築物の安全性を確保するためのルールで、都道府県や市町村が設ける建築基準条例の一部です。例えば東京都建築安全条例第6条の見出しが「がけ」とあり(30度を超える傾斜のある土地という定義が多いようです。)、同第2項において「高さ二メートルを超えるがけの下端からの水平距離ががけ高の二倍以内のところに建築物を建築し、又は建築敷地を造成する場合は、高さ二メートルを超える擁壁を設けなければならない。ただし、次の各号のいずれかに該当する場合はこの限りではない。(以下略)」といった規定を指します。この条例の適用有無を巡るトラブルは多いのですが、例えば1年前の東京地裁の判決(平成25年2月5日)のケースでは、売主宅建業者が宅地を分譲するに当たり、買主にがけ条例が適用される可能性があると明確に説明し分譲したのですが、建築を請け負った同業者が建築予定の住宅の建築確認申請を行ったところ、審査機関から本件土地はがけ条例の適用を受ける土地であり、申請した建物を建築するには本件土地の北側部分に防護壁を設置する必要があるとの指摘を受け、買主との間でトラブルとなりました。東京地裁は「本件土地にはがけ条例により規制を受けるという瑕疵があり、買主がそれを知らなかったことに過失がないため隠れたる瑕疵に当たると言える」としましたが、原告買主の最初の請求が、契約解除に基づく損害賠償請求、錯誤による不当利得返還請求だけであったため棄却されました。その後、原告は、訴因を変更して控訴しました。主位的請求はあくまで隠れた瑕疵により契約の目的が達せられないこと、詐欺行為があったことによる契約解除及び損害賠償請求ですが、地裁判決を受け、予備的請求として、不法行為及び債務不履行に基づく損害賠償請求及び瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求も行いました。結局、東京高裁で和解して、業者側が買い戻すことになったようです。
がけ条例に該当するかどうかの判断は、最終的に行政庁などの判断となり、土木の専門的知識を有しない宅建業者にとってはどこまで調査すべきなのか、実務面では非常に悩ましい問題となっています。がけ条例は全国にあり、目視で大丈夫だろうと思っていると、後から建築確認申請の時にがけ条例適用を指摘され、どういう調査をしたんだ、重説に何も書いていないではないかと批判されることになります。宅建業者の方々に聞いてみましても、「がけ条例のトラブルは結構ある。あってはならないのだが、担当の注意が足りないこと及び安易な説明にも原因がある。」、「がけ条例の適用有無については建築確認申請の時に答えるという行政庁が多い。」、「適用される可能性があると重説に記載していても、実際に適用されて建築費が高くなればトラブルになり、可能性があると書けば済むものではない。」、「可能性があると書かざるを得ないが、区役所にいって調査は必須だ。この件はがけ高が高く、かかる可能性が高い前提で重説をすべきだ。」、「適用されれば追加費用がかかると説明してしっかりリスクを認識させるべきだ。」という意見がありました。
がけ条例を巡るトラブルについての関連判例を読んでも、重説でとりあえず説明してあるだけでは業者側の主張が認められない場合が多いようです。民法や不動産取引に詳しい学識経験者等からなる機構内の取引事例研究会(委員長:升田純弁護士・中央大学教授)でも検討しましたが、重説に「適用の可能性がある」と書いただけでは買い手がその影響を十分理解しているとはいえずトラブルになる可能性があり、そのリスク回避策としては、「可能性がある」と記載するだけでなく、適用になった場合には追加的なコストが発生するといったリスクを買主に説明しておくことが重要ではないかとの見解が多く出されました。
実際にがけ条例が適用になるかどうかは建築確認申請を受けて個別に行政庁等が判断するため、重説の時点でははっきりしない事項の説明については、単純に「可能性がある」と書くだけでなく、買主の立場に立って、できるだけ調査し、買主負担になる可能性のあるリスクを示して、これをきちんと認識させることが必要だと言えるでしょう。
REITOメルマガ第89号より