不動産トレンド

高齢者の不動産取引における大きな悩みが、当該財産をいつまで自力で管理し続けられるかという問題かと思います。例えば賃貸アパートを営んでその収入で暮らしているような方はいつか病気になって賃貸管理ができなくなるのではと不安かもしれませんし、不動産所有者の方が認知症を患ってしまったため、周囲の適正なサポートを受けられず、裁判に発展してしまうケースも近年増えてきました。
不動産を所有する親が判断能力を失ってしまった場合、家庭裁判所に申し立てて「成年後見制度」を活用する手がありますが、これは家族や専門家の間から裁判所が選任した成年後見人に財産管理を委ねる仕組みです。この制度は、判断能力を失った人を守ることが目的であるため、裁判所からは財産を親自身のために使うことを強く求められ、財産を子どもに贈与するといったことは困難になる側面もあります。そこで、最近は専門家の助言を受けて、親が子どもら家族との間で信託契約を交わす例が増えています。例えば自分で管理している賃貸アパートを持つ親が、元気なうちにその名義を子どもに移し、借り主募集や物件修繕
などの管理を子どもに託します。そうすることで将来、自分が認知症になったとしても、賃貸アパートは子どもが所有し、自由な判断で管理を続けられるというわけです。信託契約では賃貸に伴う収益を受け取る受益者を決めておけるため、親を受益者にしておけば生きている間、生活費に充てることも可能になります。

このように、元気なうちに子どもらに財産管理を託す方法として民事信託、家族信託が最近注目されています。こうした制度はどんな仕組みなのか、不動産取引においても普及が進む可能性がありますので、近年の具体的な事例や課題等についてご紹介します。


そもそも、信託は、財産を所有する人(委託者)が、信頼できる誰か(受託者)に財産の名義を移転して管理してもらう制度です。信託というと信託銀行の業務を思い浮かべるかと思いますが、信託業の免許がなくても受託者になることは可能です。これが民事信託です。

最近では、銀行など金融機関も関連サービスを始めています。民事信託では、受託者は信託財産を自分の固有財産から切り離して管理する義務があります。例えば、三井住友信託銀行では昨年5月から、要請があれば審査の上で、信託財産だと分かるような口座名で受け入れるといった業務を始めています。地方銀行や信用金庫など地域金融機関の一部でも同様の業務を手掛けています。なお、民事信託を活用するには弁護士や司法書士に信託契約の作成などを依頼する必要があり、報酬は信託財産額の1%を目安とするケースが多いようです。
この他に、信託契約がしっかり実行されているかどうかを信託監督人などとして管理する仕事もあり、一定の報酬が必要になっています。

また、三菱UFJ信託銀行が一昨年10月に開館した「信託博物館」では、信託の起源から発展・成長を知ることができます。終活において信託の活用を考える際にはここで知識を得るのもいいかもしれません。子や孫1人あたり1500万円まで教育資金の贈与が非課税になる特例を生かして、「まごよろこぶ」「孫への想い」「学びの贈りもの」等の教育資金がヒット商品になっているようです。昨年9月末時点で販売した件数が17万件を突破し、金額も1兆1000億円を超えた(信託協会調べ)という数字まで出ています。

さらに、最近では、次の次まで受取人を指定できる「後継ぎ遺贈型の受益者連続信託」というユニークな信託もあります。遺言では財産の行き先を決めることができるのは次の代までですが、この信託はその先まで指定できるのが特徴で、契約者が生きている間は自分でお金を受け取り、死亡後はまずは配偶者を、配偶者の死亡後はさらに子どもといったように受取人を連続して指定することができる信託商品で、りそな銀行の「マイトラスト未来安心図」は2代先まで指定できます。例えば、高齢者の方が、長女を最初の受取人に、そのお子さんの孫を次の受取人にして5000万円を預け、自分が生きている間は医療費などを引き出せるようにし、自分が死んだ後は長女の安定した生活資金として月20万円の分割コースを選択し、長女が亡くなった際には残ったお金がほかの相続人ではなく、確実に孫に渡るように選択ができるわけです。この信託では、委託者と最初の受取人は一括や分割など資金の受け取り方を選べますが、次の受取人は残ったお金を一括で受け取るというものです。

最近は、金融機関を介さない民事の家族信託が活用の幅が広く、多様なニーズに対応できるため注目されています。家族信託とは、文字通り信頼できる家族に自分の財産の管理や処分を託せる方法です。平成18年の信託法改正で、営利を目的としない家族間での信託がしやすくなったことで、成年後見制度では制約の多い財産管理を柔軟に行うことができるようになりました。
例えば、親が認知症になり判断能力が低下すると、様々な問題が起こりがちです。親名義の定期預金の解約ができなくなる、親名義の不動産の売却ができなくなる、親名義の不動産(賃貸物件など)の管理・運用ができなくなる、親が相続人のひとりである場合、遺産分割協議ができず相続手続きが滞る、親の財産を本人の介護費用に使うことができなくなってしまう等の問題が各地で発生しているようですが、事前に親(委託者)と子(受託者)が家族信託契約を結んでいればこれらの問題もスムーズに解決できます。
具体的には、「委託者(財産の持ち主)、受託者(託された財産を管理・運用・処分する人)、受益者(管理・運用・処分による利益を受ける人。委託者と同一人でも可能)と、信託財産(託される財産)の範囲、信託の目的(「親の安心安全な生活のため」など)を定めます。 
信託財産は、便宜上、受託者の名義に変更されますが、信託財産が金銭なら、信託用口座を新たに開設して移し、不動産の場合も受託者(氏名)といった名義で登記され、受託者個人の財産とはしっかり区別されます。例えば、委託者(親)の介護のために受託者(子)の権限で解約した定期預金などの金銭、家賃収入、不動産の売却益などは、すべて受益者(親)に給付・分配されます。
このように、委託者が元気なうちは、自分の財産の使い方を受託者に指示することもできますし、認知症になったら、あらかじめ定めた目的に沿って管理してもらい、受託者の責任と判断で積極的に運用してもらうこともできるわけです。しかし、認知症を発症した後では家族信託の契約を結べません。契約の内容を家族間で自由に設計することができる一方で、契約締結時にはしっかりした判断能力が必要であるため、家族信託のメリットを十二分に利用するためにも、早めから検討する必要があります。また受託者となる子が、契約内容を巡って親族間でトラブルになることがあります。この場合、必要に応じて、受託者の管理状況を監督する信託監督人を付けることも可能です。いずれにしても関係する家族全員で情報を共有し、よく話し合って決めることが大切です。

家族信託は、家族の財産管理を家族の中だけで行えるというメリットがあり、定めた目的に沿っていれば財産を積極的に運用もできます。財産を託せる信頼できる家族(受託者)がいる人には向いている制度ですが、認知症等で判断能力が低下すると利用できないという点に注意が必要です。
最近は、家族信託普及協会も設立され、不動産会社、弁護士・税理士・司法書士等の専門家、FP、保険会社が多く参加され、この仕組みの普及に取り組まれています。家族信託を利用する場合のほとんどが不動産の管理、売却目的ですので、不動産ビジネスのつながりで宅建業者の方でも活用を進める方も増えているようです。

家族信託のメリットは、第一に、後見制度に代わる柔軟な財産管理が実現できる点です。成年後見制度は、負担と制約が多く、毎年家庭裁判所への報告義務のほか、財産の積極的な活用や生前贈与などの相続税対策がしにくいといった負担があります。成年後見人は本人の判断能力が衰えるまでは財産の管理はできませんが、家族信託であれば判断能力があるうちから、自分の希望する人に財産管理を任すことができますので、被相続人が元気なうちに、資産の管理や処分を託すことが可能になります。もし本人が判断能力を失った場合でも、本人の意向に沿った財産管理をスムーズに実行できます。

第二のメリットとしては、高齢の親の財産管理が容易に行えるという点です。例えば、父親が元気な間に財産の名義変更を行って長男に移しておきたい場合、その財産を自分のために使って欲しいケースでは、父親が委託者兼受益者となり、長男が受託者としておくことで老後の資産管理は安心して長男に任せられます。財産管理に必要な手続をその都度成年後見人の同意を取る必要がなくなり、信託の定めに従って財産管理が継続されて手間が減るほか、贈与税を控除しながら長男に管理権を移せる、状況に応じて最適な契約が可能で、詐欺被害への対策もでき、財産管理を始めるまでの期間が少なくなる等多くのメリットがあります。

第三に、遺言書の代わりとして使える効力を持っているという点です。遺言書の作成方法の厳格さが面倒くささにつながっている可能性がありますが、家族信託であれば委託者と受託者との契約で行うので、遺言書の方式に従う必要はなくなりますし、自分の死後に発生した相続について財産を承継する者を指定できないといったこともありません。

第四に、遺産相続における相続順位の順番づけも可能になります。一般的な相続対策には生前贈与や遺言書を利用したものがありますが、生前贈与や遺贈をした財産に対しては、その次の相続人を指定できません。一方、家族信託を利用すれば、最初に指定した受益者が万一亡くなってしまった場合でも、次の受益者を誰にするなど指定できますので、非常に便利な制度といえます。

第五に、家族信託には倒産隔離機能があるということです。家族信託には、将来自分や受託者が「信託財産に関係のない部分で多額の債務を負ってしまった場合でも信託財産は差押えられない」という倒産隔離機能がありますので、将来万が一何かがあった場合に対する備えになります。倒産隔離機能とは、信託の主な機能の一つで、信託財産が委託者の名義ではなく、受託者の名義となることで、委託者の倒産の影響を受けないことをいいます。信託とは、委託者が受託者に財産権の移転などを行い、受託者に対して一定の目的に従って、財産の管理や処分などをさせることをいいますので、信託商品には倒産隔離機能の効果が付
いてくるわけです。

第六に、不動産の共有問題・将来の共有相続への紛争予防に活用できるメリットもあります。共有不動産は、共同相続人全員が協力しないと処分できないので、将来的に兄弟などが不動産を共同相続してしまうと同様の問題が生じます。共有者としての権利・財産的価値は、平等を実現しつつ、管理処分権限を共有者の一人に集約させることで、不動産の塩漬けを防ぐことができるのが、家族信託のメリットです。

一方で、家族信託の普及にはいくつかの課題もあるかと思われます。
第一に、受託者を誰にするか、家族内での理解・利害関係の調整の問題です。財産は受託者名義になりますので、受託者として適切に財産を管理・処分できてなおかつ信頼できる家族・親族がいるかどうかが家族信託のポイントとなります。また、受託者に財産の名義が変わってしまうことは、受託者にとっては財産の管理がやりやすく、委託者に判断能力があるうちから利用できるというメリットではありますが、自分の財産が自分名義でなくなることに抵抗感を持つ人もいらっしゃるでしょう。

第二に、顧客への説明が難しいことがあげられます。これは普及促進により変えることは出来ますが、信託制度を一般の方に説明し、理解を得るにはハードルが高いというのが現状です。富裕層の方は、金融機関で分別管理をすれば済むという意見や中立的な第三者に資金管理を委託するなら弁護士と考えています。分別管理をするという消費者意識が芽生えていないことがあげられます。

第三に、コンサル能力の欠如があげられます。お客様の相続、認知症対策への解決手段のひとつとして家族信託を勧めることがありますが、あくまで、解決手段のひとつに過ぎません。家族信託の手続き・業務の割には収益にならないということで、遺言書と任意後見で解決しているケースがまだ多いようです。また、信託は節税にはなりませんので、法律と税務両方の知識を備えたコンサルは出来ていないのが現状のようです。受益者は財産を取得するのではありませんので、財産を自由に使用、処分等ができないにもかかわらず、財産を取得したものとして課税されます。そういう意味では、税負担が重いと感じるかもしれません。

第四に、銀行の対応の問題です。家族信託で不動産を信託する場合でも必ず信託財産に金銭があります。しかし、金銭は受託者個人の財産と分別するために、受託者口座を開設する必要がありますが、その口座の開設に応じてくれる銀行が少ないことです。応じてくれる銀行も増えてきたようですが、受託者が死亡した場合に、受託者の相続財産として扱わず、信託口座として扱ってくれるかは不明です。これも普及促進すれば良いのですが、現状の金融機関は難しいようです。

民事信託の普及はつい最近になって始まったばかりの感があります。高齢者の不動産取引トラブルの未然防止、不動産管理の適正化のためにどんな利用が多いのか、どのぐらい利用者がいるのかなどまだ情報は少ないのが実態です。宅建業者の方の中には家族信託を独自にアレンジされている方もいらっしゃるかもしれませんが、契約を結ぶには司法書士や弁護士らの力を借りるのが無難で、一般の人にはハードルが高いかもしれません。
しかし、こうした仕組みを後押しする司法書士や税理士、弁護士らのサポート、連携がスムーズになれば、民事信託・家族信託の活用は、その人の希望や目的を忠実に再現する契約を結ぶことできるとも言えます。

民事だけでなく商事も含めて、信託を活用する際にはどのように不動産等の財産を引き継ぎたいのかよく考えたうえで、各顧客に合った商品選びや契約を進めていける環境整備に努めたいものです。当機構としても、宅建業者の方々に今後も参考となる情報提供ができるよう心掛けてまいりたいと考えております。引き続きご理解とご指導の程よろしくお願いいたします。


REITOメルマガ第133号より